これ、読みました。
これを読むまでは、これほど騙された経験はありませんでした。
ネタバレありなので、続きます。
僕は、殆どの物事を何点かの視点から考える。
例えば
「青」
というのは、色なのか、言葉なのか、もしくは名詞かもしれない。
なんて具合に
これが、一つの事象についての結論なんかだと、割と複雑になってくる。
一方からは、正しい。もう一方からは間違っている。
一方からは、可能。もう一方からは不可能。
なんて具合に
なぜ、そのような視点で考察するかというと、詳しく説明すると長くなるので、事象に対する見解というのは、その事象を認識しうる意識の数だけ存在するから。
とでも、言っておこう。
その中での、ある一種の座標を認識するのに、幾つかの見識を持った方が、より正確に座標を認識できる。
という事を想像するのは、難しくないだろう。
例外として、その考察の範疇に含まれないものがある。
それは、自分の認識下に留めておけるものであり、顕在化しようと思わなければしないもので、例え顕在化したとしても、顕在化された認識を、多数の意識下における認識との比較による結論を必要としないものである。(全て必要ないといえばないが)
例えば、小説の感想とか
これが、何かの論文の考察とかだと、また別だが。
よって、僕は小説を読む上では、複数の考察をもって、物事を定義しない。
だからこそ、今はもうない。を読んだ時にこうも騙された。
騙されたからといって、不快感は無い。
むしろ、爽快に騙されたといって良い。
実は、このトリックは、今はもうない。だけを読んだ読者には通用しない。
なぜなら、今はもういないまでに至る経緯を、それまでの作品で思考回路の基盤に組み込んでおかなくてはならないからだ。
それまでの、キャラクターの人間関係などを踏まえた上で読むから、爽快に騙されるのだ。
むかし、レベルEという漫画の王子の様に、100%騙されてみたい。
と、いう願望があったが、これを読んで、その願望は叶ったのかもしれない。